ピックルボールに最も適したコートサーフェス

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 6月上旬、初夏のパリ――。

 燃えるようなオレンジ色のコートが並ぶローランギャロス(全仏オープン)の一角に、モスグリーンと水色のコートが、忽然と姿を現した。つい数日前まで試合が行われていた5番コートの赤土の上に、ピックルボール専用コートが設置されたのは、大会2週目終盤のこと。全仏オープンを主催するフランステニス連盟(FFT)が、会場を訪れる観客たちにピックルボールを体験してもらうべく設けた場だった。

「あらゆるラケットスポーツをプレーできる環境を作るのが、我々のビジョンなんです」

FFTの“ピックルボールおよびアーバンテニス部門”担当責任者の、フローリアン・ルセール氏が言った。フランス国内には現在、民営とFFT傘下も含めて、約7,000のテニスクラブが存在するという。ただ、“テニス発祥の地”を謳う大国も、最後の四大大会シングルス優勝者となると、女子は2013年ウインブルドンのマリオン・バルトリ、男子に至っては1983年全仏オープンのヤニック・ノアまで遡らなくてはいけない。その現状に危機感を覚えるFFTが、今力を入れているのが、ラケット競技の包括的支援。複数の競技が提携することで、全体の底上げと活性化を期待しているという。

それら“ラケット競技”への入り口として、最適なのがピックルボールだとルセール氏。ピックルボールのラケットはテニスのそれより軽いので、筋力の低い子どもや高齢者でも楽しめる。ボールも、大型のピンポン玉のような材質及び形状のため、安全性が高くラリーも続きやすい。それらの現状を踏まえ、ルセール氏は協会の青写真を次のように言葉にした。

「FFTのビジョンは、“ラケット競技クラブ”を多く作っていくことです。ピックルボールだけでなく、テニス、パデル、ビーチテニスの全てが、一か所で楽しめる環境です。大切なのは、老若男女問わずあらゆる人たちに、ラケットを手に取ってもらうこと。ラケット競技そのものをプレーする人が増えれば、テニスも盛り上がるでしょう」

 そのような“総合的ラケット競技”をプロモートする場として、2週間で70万以上の人々が足を運ぶ、全仏オープン以上に効果的な舞台もない。そこで昨年は、レッドクレーの上に仮設ピックルボールコートを作成。今年は加えて、パデルコートも会場内に登場した。

 なお、5番コートに作られたピックルボールコートのサーフェス(一番上のレイヤー)は、プロ―モート用の“携帯式コート”。

「見て頂ければ分かりますよ」と、ルセール氏はコートの隅をひょいと剥がして、構造を見せてくれた。

「まずは、コートを保護するための緩衝材をレッドクレーの上に敷きます。これは、陸上競技のトラックに使われているのと同じ素材です。その上に、木材。そして最後に、ゴム素材のピックルボールコートを敷きます。

これはいろんなところに持ち運べるので使っていますが、ピックルボールに最も適したコートサーフェスは、全米オープンや全豪オープンでも使われているグリーンセットです。フランス国内の常設ピックルボールコートで最も多いのも、このタイプです」

 ピックルボール発祥の地のアメリカでは、現在は多くのテニスコートがピックルボールに取って代わられているため、同競技の発展は、テニス環境の縮小につながると危惧する関係者の声も多い。ただルセール氏は、重要なのは相互作用と循環性だと提言する。

「ピックルボールは初心者でも簡単に楽しめるので、ラケット競技のスタートとして最適です。また、ピックルボールで培う手の感覚やゲーム性は、テニスにも生きるでしょう。まずはピックルボールでラケットに親しみ、次にテニスを本格的にプレーするという順路もありえると思います。

さらにピックルボールは、テニス選手たちのセカンドキャリアにもなり得ます。実際に、アンドレ・アガシやジャック・ソック、ユージニー・ブシャールらテニスのスター選手たちが、引退後にピックルボールをやっていますから。今回、アガシはここを訪れデモンストレーションもしてくれました。

ピックルボールの層は幅広く、現在フランスでの競技者は男女約半々で、ボリューム層は40歳前後です。いろんな年齢、性別の人たちが一緒に対戦できるのが、この競技の美点です」

確かにラケット競技はフィジカルコンタクトがなく、多様かつ横断的にプレーできるのも、大きな利点だろう。思えば“ラケット(racket)”の語源は、アラビア語で手のひらを意味する“rakhat”だと言われている。手をたずさえながら、共に成長していく――それが可能なスポーツなのだ。

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